チューリップの根

新しい流れが、堰を切ったように訪れる。思い悩む余地は無い。

申し訳ないほどに清々しくソノヨウナコトを思う午前、サエちゃんからの便りも届いた。

4通目。


ことばがぐるぐる回って
出て行かない。
どの言葉も違う気がして
アンディの手紙からまた
しばらく経ってしまった。


私にとってこのやりとりは
一歩ずつ歩いている道をたしかめること
この先の道へ自分の体を押し出すように
ひと目、ひと目。
デスクトップにある「書簡メモ」というファイルに
伝えたいことの断片を
書いては消し、復活して書き足したりして
足元と上を、見ながらことばを紡いでいる。


周りの情報から
だれかが今まさに動いているのが目に飛び込んで
どうしようもなく悶々として、「ひくつ」な自分がいる
その度にいちいち、
私は自分の輪郭をなぞり直す。


その中でいつも、
アンディの写真からは
おだやかで研ぎすまされた空気が漂っていた。

海の見える岬からのぞむのは
暖かい海ばかり

目から飛び込む
下世話な看板もないような

でもそんなところあるわけなくて、
それはアンディの
カメラを通してみた視線。

ファインダーの外側にはちゃんと
ドキッとするような違和感のある世界も、ここと同じように広がっている

何を自分がとりこむかは
自分の目線にかかっている
そして、心も。



仮住まいの小さな鉢から植え替えようと
チューリップを出したら
てんこもりの、そうめんみたいな
細くモチモチした根っこが出て来た。

そうめんの伸びた球根から、ぽこんっと飛び出した芽のように
ぐるぐる回って出られなかったエネルギーが、
春になると
外に向かってうごきはじめたような気がして

冬のせいで、たぶん、
気持ちが閉じこもっていたようで
湯船につかったときのように
もわんと毛穴が開くのを感じる
新しいイメージが次々に浮かぶ。



空港海沿いの工場街、
バイトに向かう横目に、がれきは石垣のように延々と続く。
それでも春になって
家の周りではようやくあちこち工事が始まったり、
時々手伝っている児童館での
楽しいものつくってみよう!という時間では
子どもたちとはしゃぎ、脳みそがはじけるような時間を過ごして
外に向かう力を感じる。


毎年冬にぐるぐるまわる想い。
今年はとくに冬が長い場所にいたから余計に。


絵も人生も焦らず丁寧にやる
いびつであっても誠実な生き方をしたい
たくさん出すのじゃなくて
大切な、ひと芽を育てたい。
それは、遠いだれかの生き方からじゃなく、
今いる日常の先にある。

そうめんの根っこのような
大きなカタマリから
もうすぐ大きめの芽がでてくる予感がしている。


tulip

佐伯朋子

Posted by undoandy
Category : 往復書簡
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