ふたつの「め」

不意に北へ移り住むことになった佐伯朋子ちゃん。引越しを終えたばかりの彼女から便りが届いた。

土曜の夕方、僕は、母と、久々に実家の庭を歩いた。姉が小学卒業のときに植えた木に、たくさんのサクランボが生っている。

もう一本、同時に植えた柿の木には、なかなか実が生らない。けれども、Musume(3歳11ヶ月)が誕生する数ヶ月前の秋にだけ、実をつけたのだと母が言う。

植物と僕らの間にも、共時性は存在するのかな。

ソレに気付いたり、意味を感じる人たちは確かにいる。

花を描いたり、撮るコトは、ソウシタ繋がりと密に絡んでいるようにも思う。

旅の途中の往復書簡。

佐伯朋子ちゃんからの2通目です。

春の嵐で花びらは舞い散ってどこかに行った。
このたび降り積もった色とりどりの花びらたちも。

春のはじめに
喧噪を離れて北の山、ふもとに来た。
ようやくぬるくなった風に毛穴も開いて
ここちよくてすっきりしている。

洗濯かごを抱えてベランダに出たちょうどそんな早い朝だった。

めがあいて
裂け目から赤い花が見えた。

ここ2、3年、
ずうっと咲かなかった小さい赤いバラの鉢。
最後のいっこも枯れてしまっていて
葉っぱだけがわっさわっさ繁っていた。

わずらわしいたくさんのことが過ぎ去って行って、
霧が晴れたとふと思ったその朝。
おできみたいなバラの赤い色がふたつ見えた。

誰かと出会って
自分のさいころが思いも寄らなかったところにすすむ。

ほんとのほんとはさいしょ
海のそばのちっこい家に、
ムーミンを生んだヤンソンさんのよに
土の家に暮らして花と骨を描いてたオキーフみたいに
ひっそり「こもる」予定だった。けど。
あいかわらず内にこもりながらそれでも街中のネオンが気になってしかたなかった。
個室で固執しつづけてかたくなに外に出ないのも違う。
それでも
多くを追おうとして「おおう」と唸ったりして
じんわり心に広がる焦りが鼓動を早くする。
そこに行かなければと
楽しい輪に自分を繋がなければと、もがいていた。

どこにいるかではなく
何をするかということを、
遠くに行くことになると知ったときから
それがなまなましくカラダに染みた。

時々しがみついてもみるけど
手を離して漂うことで
自分が開かれたような気がしている。
波にまかせたら
知らないところに着いていた。

ふたつの「め」が開いたことが
未知なる世界への目覚めみたいで
知らないことがたくさんあるということの
期待感に満ちている。

五月

佐伯朋子

Posted by undoandy
Category : 往復書簡
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