赤い花

取り除くのは難しいけれど、上書きしてしまえば案外簡単に消える。

だから上書きしないように気を付ける。ほんの少し上書きすれば、ソレは広がる。

言葉にし難い変化を。したくない変化を。写真へ注いだら写真が変化した。ような気がする。

誰とハグしたとか、家族とハグしたとか、いちいち憶えてたりしない。けれどもイツカのそれだけはアタマに残っていて。たまに鼓動を速くする。

そんな写真を作りたいなあ。というようなコトをこの頃思う。

誰かの中に残りたいというのは、生きモノとして当たり前の欲求なのだろうか。というようなコトを考える。

見上げた空に、赤い花が咲いていて。

反り返ってソレを撮った。

夕陽に照らされ散りゆく花が、君のなかに映る。それが5秒なのか、6時間なのか、7日なのか、消えるのか。知らずに通りすぎるのに刻もうとする。

ノウゼンカズラ
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チューリップの根

新しい流れが、堰を切ったように訪れる。思い悩む余地は無い。

申し訳ないほどに清々しくソノヨウナコトを思う午前、サエちゃんからの便りも届いた。

4通目。


ことばがぐるぐる回って
出て行かない。
どの言葉も違う気がして
アンディの手紙からまた
しばらく経ってしまった。


私にとってこのやりとりは
一歩ずつ歩いている道をたしかめること
この先の道へ自分の体を押し出すように
ひと目、ひと目。
デスクトップにある「書簡メモ」というファイルに
伝えたいことの断片を
書いては消し、復活して書き足したりして
足元と上を、見ながらことばを紡いでいる。


周りの情報から
だれかが今まさに動いているのが目に飛び込んで
どうしようもなく悶々として、「ひくつ」な自分がいる
その度にいちいち、
私は自分の輪郭をなぞり直す。


その中でいつも、
アンディの写真からは
おだやかで研ぎすまされた空気が漂っていた。

海の見える岬からのぞむのは
暖かい海ばかり

目から飛び込む
下世話な看板もないような

でもそんなところあるわけなくて、
それはアンディの
カメラを通してみた視線。

ファインダーの外側にはちゃんと
ドキッとするような違和感のある世界も、ここと同じように広がっている

何を自分がとりこむかは
自分の目線にかかっている
そして、心も。



仮住まいの小さな鉢から植え替えようと
チューリップを出したら
てんこもりの、そうめんみたいな
細くモチモチした根っこが出て来た。

そうめんの伸びた球根から、ぽこんっと飛び出した芽のように
ぐるぐる回って出られなかったエネルギーが、
春になると
外に向かってうごきはじめたような気がして

冬のせいで、たぶん、
気持ちが閉じこもっていたようで
湯船につかったときのように
もわんと毛穴が開くのを感じる
新しいイメージが次々に浮かぶ。



空港海沿いの工場街、
バイトに向かう横目に、がれきは石垣のように延々と続く。
それでも春になって
家の周りではようやくあちこち工事が始まったり、
時々手伝っている児童館での
楽しいものつくってみよう!という時間では
子どもたちとはしゃぎ、脳みそがはじけるような時間を過ごして
外に向かう力を感じる。


毎年冬にぐるぐるまわる想い。
今年はとくに冬が長い場所にいたから余計に。


絵も人生も焦らず丁寧にやる
いびつであっても誠実な生き方をしたい
たくさん出すのじゃなくて
大切な、ひと芽を育てたい。
それは、遠いだれかの生き方からじゃなく、
今いる日常の先にある。

そうめんの根っこのような
大きなカタマリから
もうすぐ大きめの芽がでてくる予感がしている。


tulip

佐伯朋子

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根無し言

サエちゃん、あけましておめでとうございます。

最後の便りが9月末。お返事せぬまま3ヶ月が経ちました。

「3ヶ月」と括ってしまうと、短いように見える。けれども、とてもとてもとてもとても長い時間をすごしたような感覚を抱えています。

モノ分かりの悪くないフリをしようとして。結果、文章を書けなかった。

けれども、年末に山で冷たい風に当たってからだろうか。

年を越して。

生きモノとして、上へ下へ、またたくましく伸びてゆこうというような心持ちになったんだ。

風に吹かれて。太陽のほうを自然に向いて。

でないと。表現できないなと。

写真は。

ずっと撮ってました。心のとおりに。

2011-12-30.jpg
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花から実へ

ひと月前に仙台から鹿児島(GOOD NEIGHBORS JAMBOREE)へ来てくれたサエちゃんから、昨日、イツモよりも関西弁な便りが届いた。

仲良しなコも、最近急に鹿児島弁で話すようになった。

僕らは今、夏から一番遠いところに居る。過ぎたばかりなのに。

夕暮れ時はせつなく。

遠くの人が近くに居て。近くの人が遠くに居るような空気のなかで。

素の声が、絵が、まとう暖かさを感じました。

3通目です。


うすーく、レモンイエローの小さな花をつけた。
と思ったら、おしりがぷくーっともりあがって長くのびて、
ラッパみたいになった。
そうか、実は花からできるんか、
と思ったのはそれを見てからで
ていうか、こんなとこから出来るんやね、
てことはスーパーで買うきゅうりの
長〜くのびた先のとがった先には
花がいたんだった。

98円コーナーに並んでた、あの手のひらサイズの苗が
それはそれはじゃま過ぎるくらい
隣の敷地に入りそうに、にょろにょろ伸びて
気づいたら薄いひらひらした黄色いスカートが、ちびこい妖精のようにぽつんと佇まう。

もっさり毛の生えた太い茎は、剪定すると
「なんで俺やねん」と言わんばかりに肉汁がむちゅっと出る。
ばっさばっさでっかくなる葉っぱは、主張が激しく、
あっちもこっちもそっちもどっちも葉っぱだらけで奮闘し、
しかし若いヤツは謙虚にちんまり肉厚でみずみずしく、
びっしり張り巡らされた葉脈の、青々としたみどりがさわやかで、
碧色のステンドグラスみたいに光に透けている。
サラダに入れたらおいしそう、でもやっぱ苦そう。

種から育てたんじゃないけど
生命の循環はこんなところでも行われてたんだった。
きちんと水やりすれば豊かな実になり、
元気がなくなれば虫がついてたりする。

最近は、改めてやろうとしている若い人が増えて来たと思うけど、
少しでも、それを自分で育ててみる。
こうやって土に還る過程を、自分の目で見ている。
自分で生き物の声を聞くことで
命は生き物なんやなあと思う。そらそうですわ。
そらそうなんですけど、食べ物、と、生き物。の存在感の違いを感じる。
暑い日に鉢の土がからっからになってふんにゃりした時、
花びらがしわしわなのをしげしげ見た時、
葉っぱががさがさになって、色が薄くなってしもた!って時、
おしりの実がだんだん大きく、緑も濃くなって
どこかで売られてた「アイツら」と、同じ姿に育って来た時
でも、うちのアイツがいちばんかわいい、
と、運動会でビデオカメラを構えたオヤの気持ちがよくわかる。

花を
ってとこから通り過ぎて、実の話になってしまって、
そして、まるで親ばかです。
でも育てる、ってこういうことなんかなあと思ったりする。

最近実を付けにくくなってきたきゅうりの前で腕を組み、
「この子はどうしてほしいんやろ」と考えている。

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佐伯朋子

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ちぎる

返信(ふたつの「め」)を受けてからひと月。バラの季節も終わり、いまは梅雨の終わりを撮っている。

近づくと目をそむけたくなるほど生々しい紫陽花、カタツムリ、ノウゼンカズラを這う蟻(アリ)、雨の中、ボテっと落ちる花。

紫陽花

ノウゼンカズラ

今朝、新しいテーブルが届いた。

ソコに、小さなスケッチブックへ印刷した ふたつの「目」を置いてみる。

絵に合うようにと、端をカッターで切ったら、失敗し、右下のほうが千切れた。Musume(4歳0ヶ月)が、大丈夫、気にしないでいいよ。と、僕へ声を掛ける。

ふたつの「め」

印刷し直そうとも思ったのだけど、やめた。

そのままがいい。

バラの絵と、4・5月の写真を眺める。恋しい春。普段も、ふとすると、ハラハラと舞う花を思い出し、身をよじる。

ソウシタコトも、もう日常になった。千切れたところも、空いた穴を吹き抜ける風も、自分になった。

胸にハめたドーナツをアリが蝕(むしば)み、ボテっとソレが落ちたとしても、夏を駆けてゆけそう。

こっちはそんな感じ。

大きな提灯は、どう繋がり、何を照らすのだろう。楽しみにしてる。

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ふたつの「め」

不意に北へ移り住むことになった佐伯朋子ちゃん。引越しを終えたばかりの彼女から便りが届いた。

土曜の夕方、僕は、母と、久々に実家の庭を歩いた。姉が小学卒業のときに植えた木に、たくさんのサクランボが生っている。

もう一本、同時に植えた柿の木には、なかなか実が生らない。けれども、Musume(3歳11ヶ月)が誕生する数ヶ月前の秋にだけ、実をつけたのだと母が言う。

植物と僕らの間にも、共時性は存在するのかな。

ソレに気付いたり、意味を感じる人たちは確かにいる。

花を描いたり、撮るコトは、ソウシタ繋がりと密に絡んでいるようにも思う。

旅の途中の往復書簡。

佐伯朋子ちゃんからの2通目です。

春の嵐で花びらは舞い散ってどこかに行った。
このたび降り積もった色とりどりの花びらたちも。

春のはじめに
喧噪を離れて北の山、ふもとに来た。
ようやくぬるくなった風に毛穴も開いて
ここちよくてすっきりしている。

洗濯かごを抱えてベランダに出たちょうどそんな早い朝だった。

めがあいて
裂け目から赤い花が見えた。

ここ2、3年、
ずうっと咲かなかった小さい赤いバラの鉢。
最後のいっこも枯れてしまっていて
葉っぱだけがわっさわっさ繁っていた。

わずらわしいたくさんのことが過ぎ去って行って、
霧が晴れたとふと思ったその朝。
おできみたいなバラの赤い色がふたつ見えた。

誰かと出会って
自分のさいころが思いも寄らなかったところにすすむ。

ほんとのほんとはさいしょ
海のそばのちっこい家に、
ムーミンを生んだヤンソンさんのよに
土の家に暮らして花と骨を描いてたオキーフみたいに
ひっそり「こもる」予定だった。けど。
あいかわらず内にこもりながらそれでも街中のネオンが気になってしかたなかった。
個室で固執しつづけてかたくなに外に出ないのも違う。
それでも
多くを追おうとして「おおう」と唸ったりして
じんわり心に広がる焦りが鼓動を早くする。
そこに行かなければと
楽しい輪に自分を繋がなければと、もがいていた。

どこにいるかではなく
何をするかということを、
遠くに行くことになると知ったときから
それがなまなましくカラダに染みた。

時々しがみついてもみるけど
手を離して漂うことで
自分が開かれたような気がしている。
波にまかせたら
知らないところに着いていた。

ふたつの「め」が開いたことが
未知なる世界への目覚めみたいで
知らないことがたくさんあるということの
期待感に満ちている。

五月

佐伯朋子

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春に刻む

前回の手紙、愛のカタマリに書いたように、37歳の誕生日は、僕にとって特別だった。ソレを象徴する額縁と絵、ピンク色のラナンキュラスをどこで撮ろう。もう少し悩むだろうと思っていたのだけど、ふいにそれは定まった。

4月2日 土曜日

当日の昼もまだ、鈴の音抽出所のジュン君と、ランチのみ合流したサンドロ・トモフと大隈半島もいいよねえなんて、カメラの話をしながらきゃっきゃきゃっきゃ言ってたのに。決まった。

かわなべ森のがっこう。夏にGOOD NEIGHBORS JAMBOREEをしたところ。佐伯朋子ちゃん夫妻も、結婚した今年の、特別な夏に訪れるかも知れない場所。

ジュン鈴の音との二人旅。各々に、(ただ撮影したいというコトも含め)目的があったとは思うのだけど、そこは確認しあわず、気を使わずに。僕は、夏のコト、撮りに来れなかったタピオカトンネルの仲間たちのコト、離れて暮らす人たちのコト、誕生日のコトなどを思いながら、桜とキュラコを撮った。

コノ春に、写真を刻んだ。

桜 @ かわなべ森のがっこう

桜 @ かわなべ森のがっこう

桜 @ かわなべ森のがっこう

桜 @ かわなべ森のがっこう

桜 @ かわなべ森のがっこう

小学校だった場所、折れた桜、

夏、訪れたとき、コノ桜に気付いてもらえたら嬉しい。

キュラコ @ かわなべ森のがっこう

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愛のカタマリ

佐伯朋子ちゃんから届いた素敵な絵と文章
キュラコ、硝子のドレスを纏う。

「往復書簡」と銘打つからには、この後、僕がコレにお返しをする。

写真を。届いた絵をどこかで写真に撮り、ソレを返信するツモリ。

絵をどこに連れてゆこうかは、まだ決まっていないのだけれども、ちょっとソノ準備が進んだので、報告するね。

少し話しはソれるけれども、

3月28日に、誕生日を迎えたんだ。

あのね。なにがどう変化したのかは未だによくわからず、夢のような感じなのだけど、アノ僕が、トモダチから明けましておめでとうメールが1通も来ないことで有名なコノ僕が、なぜだか今回は、前夜にも、当日にも、翌晩にも、大好きな人たちに囲まれ、お祝いされ、しわわせな時間をすごしたんだ。ああ、愛されてるなあと感じた。

人生何があるかわからないと思い知らされた2週間。

もう二度とは味わえぬかも知れぬ大切な時間。

ソノトキに頂いた、特別な額縁。

おおげさで笑われるかも知れないけど、コレは僕が愛されたしるし。それと、結婚したばかりの佐伯朋子ちゃんが描いた花をあわせる。しかもしかも、絵を紙へプリントしてくれたのは、これまた結婚したばかりのタピオカトンネル sevaちゃん。Love x Lovex Love!愛のカタマリだなこりゃ。ってひとりで興奮してる。

あとは、どこで撮影するか。その後、どこに飾らせてもらうか。

楽しみに、気長に、待っていてね。

今日はとりあえず、自宅にて撮影した写真を。

This is 愛のカタマリ。

20110331_001c.jpg

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キュラコ、硝子のドレスを纏う。

hanawo.jpを始めるにあたり、共に紡ぐお相手としてまずアタマに浮かんだのが佐伯朋子ちゃんだった。

僕は、彼女の、見るとたちまち物語が現れるような絵が大好き。

undoandy

名刺やブログ等のアイコンにも使わせてもらっているコノ絵を頂いた日から、髪型、眼鏡、雰囲気などなど、コノ絵のようになりたいなあと願ってきた。

単に眺めるモノ以上のナニカとしてソノ影響を受け、写真を撮り、文を書き、日々暮らしている。

ソノ描き手である彼女と、花を題材に、絵、写真、文を作り、往復書簡のようなモノを紡いでゆく。これは hanawo.jpに欠かせぬコンテンツ。本人へ相談する前からソウ決めていたので、いまこうして本当に始められることがとても嬉しい and ホッとしている…。

さあさあ。佐伯朋子ちゃんからの一通目。絵も文も、いきなり素敵です。どうぞっ。

庭の花を
と思っていたのだけど
ふいに進んだ事があって

実は
今月の19日に入籍しました。

このラナンキュラ子は(学名ラナンキュラス)
それを祝って友人から贈られた鉢植えの
そのとき咲いていた二輪のうちのひとりでした。
でも私の不注意でちょっとだけ
先日見たらくったりしていたのです。全員が。
もうひとりのキュラ子とその子どもたちのつぼみちゃんも含めて。
ああああ、また、
私はこうして時々足元をおろそかにして
せっかく祝ってくれて、こんなに咲き誇ってたのにと、
またこうやってだめにしてしまう、と、
いろいろ調べて水が足りなかったことが分かり
しばらくしたらぴんぴん生き返ったので
ほっと一安心したけれど、
ひとりのキュラ子はやっぱりぽっきりしたままで、
泣く泣く、ぱちん、と鋏で。
オリーブオイルの瓶に挿したら
透明できらきらした新しいカラダをもらったみたいで
急にぱあっと顔が華やいだのでした。
カラダからでた気泡がぱちぱちしゅわしゅわ
硝子のドレスに水玉模様を描いている。

蛙の足した葉っぱの
ラナ(カエル)ンキュラス
きれいでしょうと自信ありげに鼻高々に。

一歩ずつ、大切に進むことを
まわりの人とまわりのコトを大事にして。
おろそかにしてしまったら、
もう一度、立ち返る。

それをキモに命じて。

キュラ子

佐伯朋子

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